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ジャズ、ときどきまち歩き。音楽・映画・本とまち歩きについて書いています。

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Marrakech in the cool of the evening / Randy Weston

Marrakech in the cool of the evening

Cover Photo: Bruno Barbey - Magnum


 ランディ・ウェストンのピアノの音が好きだ。重さがある。硬さがちょうどいい。低い音を好んで使い、身体に響きわたってくる。そして、ウェストンが求め、探しあてていく音楽が大好きだ。ぼく自身が重なっていくような感覚をおぼえる。

 「マラケシュ・イン・ザ・クール・オブ・ジ・イブニング」というアルバムは、ナット・キング・コールの曲から始まり、その題名はアルバムの名前にも使われている。「イン・ザ・クール・オブ・ジ・イブニング」という曲を弾くことに何かメッセージを込めていると見るのは、一方的なぼく個人の反応なのだけれども、それは強く、ビジュアルに訴えてきて、個人的なものを超えてそうに違いないと思う。

 ジャズを聴き始めたとき、ぼくはナット・キング・コールのアルバムをカセットテープに録音し、車で移動中によく聴いた。独立する前だった。会社の車の中にもそのダビングテープを常駐させ、その車を使った同僚たちからも喜ばれたことをよく憶えている。ライナー・ノーツによると、ウェストンもナット・キング・コールの大ファンで、アルバムの冒頭で弾くその曲は強く印象に残るものだったことがわかる。その「イン・ザ・クール・オブ・ジ・イブニング」で、ナット・キング・コールは、暮れていく都会のクールな感覚をトリオで演奏したのだけれど、ランディ・ウェストンは、夕暮れを前にジェマエル・フナ広場の中世そのままの光景が、人間臭さい中にも不思議な美しさを放つさまを、表現しているのではないかと思っている。

 ランディ・ウェストンは、このアルバムの収録をモロッコの古くからの都市マラケシュで行った。1992年9月28日午後7:00〜8:30。旧市街地にあるホテル「ラ・マモウニア」。そこにあったピアノ、スタンウエインを前に曲が選ばれ、全てワンテイクで決められ、演奏曲順通りにアルバムができあがったとライナー・ノーツにある。アルバムのカバーは、礼拝の時刻を告げる塔・クトゥービアとその周辺をおさめた写真で、そのホテルからは、歩いてすぐの距離。カバーの裏全面に広がる写真は、クトゥービアの前を真直ぐに歩き、200メートルもかからずに現れてくるジェマエル・フナ広場だ。クトゥービアもジェマエル・フナ広場も夕暮れを迎えている。


ジュマエル・フナ広場

カバー裏の写真はジェマエル・フナ広場

 1991年の4月下旬にぼくはモロッコへ行き、カサブランカをほとんど素通りして民営バスで、マラケシュへ向かった。ビルが立ち並ぶ新市街には用がない。旧市街地は城壁で囲まれ、複雑な迷路で構成されているから、ちょっと間違えるとすぐ迷うことになるから注意が必要だった。その旧市街地はメディナと呼ばれ、世界遺産になっている。その中心にジェマエル・フナ広場がある。人と荷を運ぶロバ、車、そして屋台が交差し混じり合っている。夜は、屋台それぞれに簡易な照明が用意され、全体が不思議な光を放つ。メディナは、北側に巨大なスーク(市場)を抱え、その規模は世界最大と言われる。職人たちは同種が集まってスークをつくる。皮職人のスーク、香辛料のスーク、木工のスーク。歩き迷ううちに、街のでき方を覚え、人の流れに溶けこむことも自在になってくる。予約なしであったがジェマエル・フナ広場に面したホテルCTM(サーティーエム)に部屋をとることができ、約二日間、ジェマエル・フナ広場を中心としたメディナを歩き、眺めた。


スークにて:撮影endeiku(1991)

スークにて:撮影endeiku(1991)

 ぼくも夕暮れの美しさに酔った。怪しい光が屋台から放たれ、上を向くと深く青い空が広がっていた。羊を焼く匂い、スープ鍋の湯気、大道芸人が叫ぶ声が混然とし始める。かつては、公開の処刑を行った場所。フナ広場=死者たちの広場という意味だ。そこが今、ジェマエル・ファナーヌ=芸術家たちの広場と言われているらしい。しかし、目の前に飛び込んでくるのは、ヘビ使いだったり、あやしいパフォーマンスを繰り広げながら薬を売るもの、頭のてっぺんから足の先まで真っ赤な服装で水を売る名物おじさんで、芸術という言葉はすぐには出てこない。

 ぼくは、1996年にもう一度だけマラケシュへ行った。やはりこの広場へ来た。そこには、何もかもが混ざりあい重なり合ったものが頑固に生きていた。それが生活の場であり、スピリチュアルな場であり、そしてそれこそ芸術なのだと感じた。

 1967年から72年までモロッコのタンジェ(タンジール)に住んだランディ・ウェストンは、何度もジェマエル・フナ広場に来ているだろう。北アフリカで音楽を探し、スピリチュアルなアートを考えたジャズ・ミュージシャンだ。その探求はぼくが予想できる深さを超えている。しかし、ここの夕暮れを見て感じたぼくの薄っぺらな感動の延長線上に、ランディ・ウェストンがこのアルバムをつくった源があると思うのだ。

 ジェマエル・フナの夕暮れから始まったアルバムは、それからビリー・ホリデイ、ディジー・ガレスピー、セロニアス・モンク、ファッツ・ウォーラー、ビリー・ストレイホーン、そしてブルースに敬意が払われ、曲が選ばれ、演奏された。このアルバムは再評価を受けてニュー・スタンダード50として再発され、帯に「ウェストンの永遠のテーマであるアフリカ回帰を気高く歌い上げた渾身のピアノソロ作」と書かれたが、それは違うのである。アフリカ回帰ではなく、人間回帰という意味だろう。アフリカ回帰はたしかにウェストンのテーマのひとつだろうけれど、このアルバムの中ではアフリカ回帰のテーマは出てこない。「マラケシュ・イン・ザ・クール・オブ・ジ・イブニング」は混然とした夕暮れから始まる人間を歌うアルバムなのだとぼくは思う。

Randy Weston (p)
1992.9.28

  1. In The Cool Of The Evening (Nat king Cole)
  2. Portrait Of Billie Holiday (Randy Weston)
  3. Two Different Ways To Play The Blues (Randy Weston)
  4. Portrait Of Dizzy ・A Night In Tunisia (John Birks "Dizzy" Gillespie / Frank Paparelli) ・Woody 'N' You (John Birks "Dizzy" Gillespie) ・Con Alma (John Birks "Dizzy" Gillespie) ・Tin Tin Dio (Walter Gilbert Fuller / Luciano "Chano" Pozo y Gonzales)
  5. Lisa Lovely (Randy Weston)
  6. Uli Shrine (Randy Weston)
  7. Blues For Elma Lewis (Randy Weston)
  8. Ballad For T. (Randy Weston)
  9. valse Triste Valse (Randy Weston)
  10. Where? (Randy Weston)
  11. Let's Climb A Hill (Randy Weston)
  12. The Jitterbug Waltz (Thomas "Fats" Waller)
  13. Blues for Five Reasons (Randy Weston)
  14. Lotus Blossom (Billy Strayhorn)